子規を聞く(天 226)

吟譜(PDF)

作者:正岡子規

(一八六七~一九〇二年)慶応三年、松山に生まれる。明治の詩人。本名常(つね)規(のり)。号子規(しき)。松山中学中退、上京し、夏目漱石を知る。明治二十三年、東京帝国大学国文科に進み、二十六年、退学、根岸に居住し、俳句に専心、数多くの随筆著作を発表した。この間、日本新聞社に入社し創作活動を展開。日清戦争に従軍記者として参加後、再び喀血、病床で文学に専念。写生の理論をたて、俳誌『ホトトギス』を編集。二十九年以降万葉調野写生歌をす主張するなど活躍した。俳句は高浜虚子。河東(かわひがし)碧(へき)梧桐(ごとう)。短歌は伊藤左千夫。長塚節らに受け継がれた。明治三十五年、没。三十六歳。

語釈

*子規・・・(ほそそぎす)体長二八㎝位で、尾羽が長く夏の鳥として親しまれている。
*孤月・・・一輪の月
*啼血・・・(なけつ)痛切な啼(な)き声。
*不堪・・・(ふかん)たえられない。
*半夜・・・夜半・真夜中

通釈

子規(しき)が自ら子規(ほととぎす)というテーマで作った詩。

ほととぎすの啼(な)き声が、血を吐くように一声、聞くに堪えないように、痛切にひびく。旅人は夜半目を覚まして、はるか故郷を思う。

範吟

範吟 鈴木精成