従軍行(その一)(続天 125)

吟譜(PDF)

作者:王 昌齢

(六九八~七五五年)中国・唐代中期の詩人。字は少伯。就任した官職の地名から、王江寧、王竜標とも称せられる。山西省太原に本籍を持ち、京兆・長安に生まれたらしい。七二七年に進士となり、祕書省の校書郎から七三四年に博学宏詞科に及第して汜水(河南省)の県尉となったが、奔放な生活ぶりで江寧の丞・竜標(湖南省)の県尉に落とされた。その後、七五五年、安禄山の乱の時に官を辞して故郷に帰るが、刺史の閭丘暁に憎まれて殺された。後に閭丘暁(リョ キュウギョウ)は、安禄山軍の侵攻に対し、唐側の張巡を救援しなかった罪で、唐の張鎬に杖殺された。この時、閭丘暁は「親がいるので、命を助けて欲しい」と言ったが、張鎬は、「王昌齢の親は誰に養ってもらえばいいのか?」と反論し、閭丘暁は押し黙ったと伝えられる。

語釈

*烽火城・・・辺境の地にあって、のろしをあげる要塞。
*海風・・・・青海(ココノール湖)から吹く風。
*金閨・・・・女性の住む部屋を美しくいったもの。

通釈

のろしをあげる要塞の西にある百尺のたかどの。秋のたそがれにひとり、海風に吹かれながら、座っている。さらに月光のもと、関山月の曲を吹く羌笛の音が聞こえてくると、妻から万里も離れている寂しさをこらえることができない。

備考

詩題の「従軍行」(じゅうぐんこう)は楽府題です。「烽火城」を城の名とする説もありますが、城のように大きな烽火台と考えました。
「海風」、砂漠を海という場合もありますが、ここでは次回の「其の二」の詩によって青海湖から吹く風でしょう。「関山月」は出征の悲しみを
詠う歌曲の名です。「金閨」は女性の寝室の美称で、ここでは家に残した妻のことです。