絶命の詞(続天 155)

吟譜(PDF)

作者:黒沢忠三郎

(一八三〇~一八六〇年)(天保元年~万延元年)幕末の武士。常陸(ひたち)水戸藩士。黒澤は水戸藩内では過激な尊王攘夷派であり、戊午の密勅が水戸藩に降下した際には勅を幕府に渡さず奉勅するように訴えている。その後の安政の大獄で水戸藩が特に処罰されたのに憤激し、安政七年(一八六〇年)三月三日の桜田門外の変で大老・井伊直弼の襲撃に参加する。井伊を討ち取った後、黒澤は老中・脇坂安宅邸に自首した。身柄は肥後熊本藩の細川氏預かりとなる。三月五日より桜田門外の変における評定は開始されたが、越中富山藩の前田氏預かり、摂津三田藩の九鬼氏預かりに移された後、七月十一日に三田藩邸において死去した。享年三十一。記録では病死とされているが、桜田門外の変の際に彦根藩士と闘って負傷した(そのために自首したとも)とされており、その傷による死去ともいわれている。

通釈

自分たちを狂人と呼び、賊と呼ぼうと他人の勝手、とにかく長年にわたる弊害のもとを一朝にして払ってしまった。時は三月三日花の季節

桜田門外の血しぶきも桜の花びらとまがうばかりに

鑑賞

命を絶たれる前の詩詞。これは強烈な美しさをもった凄絶な詩であり、安逸な生活に慣れたわたしたちにとっては、そら恐ろしい詩でもある。常人の平凡な生活からは絶対に生まれないものである。回天の大業を志した者の詩である。

◎吟じ方・・・前半は青年の気魂と決意が出るように、後半は大業を成し遂げた安堵感を出す

範吟

素読・範吟 鈴木精成