春雨に筆庵に到る(続天 112)

吟譜(PDF)

作者:広瀬旭荘

(一八〇七~一八六三年)(文化四年~文久三年)。江戸時代後期の儒者。豊後(ぶんご)(大分県)日田出身。名は謙。字(あざな)は吉甫。通称は謙吉。別号に梅墩(ばいとん)。広瀬淡窓の弟。亀井昭陽,菅茶山(かん-ちゃざん)らにまなぶ。兄の私塾咸宜(かんぎ)園を運営したのち各地を歴遊。文久元年帰郷して雪来館を創立するが,翌年摂津池田(大阪府)に移住した。漢詩人としても著名。文久三年八月十七日死去。五十七歳。著作に「梅墩詩鈔」「追思録」など。

語釈

*筆庵・・・・この時の訪問先。第二句にある「君家」を指すと思われるが未詳。
*菘圃・・・・菘(とうな)は唐菜、冬菜、またインゲンナとも呼ばれる野菜。
*葱畦・・・・葱(ねぎ)の畦(うね)、ネギ畑
*取路斜・・・斜めに辿る路
*晩来・・・・夕暮れ時。

通釈

春雨の降る日に、筆庵という友人の家を訪ねた折の作品だ。

菜の花が咲き、ネギが植わった畑のあぜ道。その中を横切って歩いて行くと、桃がいっぱい咲いているところがあって、そこが筆庵の家だった、というのである。 菜の花の黄色と、ネギの緑、そしてピンクの桃の花。その全体に薄いヴェールをかけるように、春雨が白くけぶる。この風景に、和傘をさし、高下駄を履いて歩いている漢詩人を置いてみると、なんとも風流な一幅の絵になるではあるまいか。その春景色を踏まえた上で、後半の2句は、作者と相手との問答になる。「今夜は、だれか門をたたいてやって来る人はありますか?」 「雨と、詩人さんと、散りゆく花だけですよ」

ほかにはお客さんはありません、などとあらわに言ってしまうと、野暮になる。わざわざ尋ねてきてくれた相手を「詩人」と呼び、さらには「雨」と「落花」に挟んで並べるなんて、心憎いばかりだ。雨と花との情趣を解する友人同士が、2人だけで過ごす、ゆったりとした春の宵。江戸漢詩の風雅な世界である。

範吟

素読・範吟 鈴木精成

伴奏

伴奏(2本)

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