坂本龍馬を思う(天 109)

吟譜(PDF)

作者:河野天籟

(一八六二~一九四一年)(文久二年~昭和十六年)明治後期の教育者・漢詩人。熊本県玉名市に細川藩医河野通伸(みちのぶ)の三男として生まれる。本名は通雄(みちお)といい、天籟は号。明治十年の西南戦争に西郷軍に味方して参戦したが、大腿部に銃弾を受け戦場を退いた。その後、熊本師範学校を卒業した。小学校教員のかたわら作詩に志すこと四十年。詩風は自由自在で、漢詩百余編を集録した「孟浪餘滴(もうろうよてき)」を著す。昭和十六年五月没す。享年八十歳。

語釈

*幕雲・・・幕府の衰え。作者の造語。
*南海・・・四国の総称。ここでは土佐の国 。
*臥龍・・・伏している龍(りゅう) 「三国志」に「諸葛孔明(しょかつこうめい)は臥龍なり」とある。龍馬を孔明になぞらえている。まだ世に知られていない大人物。 風雲児 。
*帝京・・・天子のいる都。 京都。
*維新・・・政治の体制が一新され改まる。

通釈

幕府の力も落ちて今にも国運が傾こうとしているとき、土佐の風雲児、坂本龍馬が立ち上がり、新しい国づくりのため、大政奉還を推進すべく京都を駆け巡った。だがある夜、荒れ狂う風が大樹を吹き折るように、龍馬は明治維新を見ることなく凶刃(きょうじん)に倒れたが、その後、維新の大業が成ったのは、ひとえに龍馬の命を賭(と)しての働きがあったおかげである。

備考

坂本龍馬の生涯は幕末の変動とともにある。郷士(ごうし)という低い身分でありながら、勝海舟を師とし、海外に目を向け海援隊を創設した。後、薩長同盟を実現させて、維新の大業を完遂させる道を開いた。西郷隆盛をして「天下に有志あり。余多く交わる。然(しか)れども度量の大、龍馬に如(し)く者、未だかつて見ず。龍馬の度量や到底測るべからず」と言わしめたほどの人物である。国家構想の「船中八策」はとくに有名で、土佐藩主山内容堂を動かし大政奉還に導いたといわれる。京都の醤油屋「近江屋」で刺客によって暗殺された。三十三歳であった。