峨眉山月の歌(天 35)

吟譜(PDF)

作者:李白

(りはく)(七〇一~七六二年)盛唐の詩人。四川省の青蓮郷の人といわれるが出生には謎が多い。

若いころ任侠の徒と交わったり、隠者のように山にこもったりの暮らしを送っていた。二十五歳ごろ故国を離れ漂泊しながら四十二歳で長安に赴いた。天才的詩才が玄宗皇帝にも知られ、二年間は帝の側近にあったが、豪放な性格から追放され再び各地を漂泊した。安禄山の乱では反皇帝派に立ったため囚われ流罪となったがのち赦され、長江を下る旅の途上で亡くなったといわれている。

あまりの自由奔放・変幻自在の性格や詩風のためか、世の人は李白のことを「詩仙」と称えている。酒と月をとりわけ愛し、それにまつわるエピソードが多く残っている。享年六十二歳。

語釈

*峨眉山・・・作者の故郷四川省成都の南にある名山二つの峰が向かい合って蛾の眉に似ているので名づけられたという。
*半輪・・・・半円の月
*影・・・・・ここでは月の光
*平羌江・・・峨眉山のふもとを流れて岷江(みんこう=長江の上流)に合流する川
*清渓・・・・岷江に臨んだ蜀(四川省)の地名
*三峡・・・・巫山(ふざん)の三峡とは別でこれは渝州にあるもの 明月峡と温湯(おんとう)峡と石洞(せきどう)峡をいう
*渝州・・・・今の四川省重慶市

通釈

峨眉山の上に半輪の秋の月がかかっている。その月影は平羌江の水に映って舟とともに流れている。私はこの夜、清渓を舟出して三峡に向かいながらもう一度君を見たいと思ったが、ついに見ることができないままに渝州を指して下って行ったのである。

鑑賞

李白は何を思いながら長江を下ったのでしょう。李白は剣術を学び任侠の徒と交わったり、隠者のように暮らす青年時代であったりしたが、二十五歳のころ故郷を後にしています。生涯帰らないと覚悟し、大志を抱いて国を出たのです。この詩はそういう「故郷と決別する詩」なのです。「君」と月の大好きだった李白を考えると、故郷の月なのでしょうが、恋人や友人とも考えられます。

範吟

素読・範吟 鈴木精成