春夜(天 117)

吟譜(PDF)

作者:蘇軾

(一〇三六~一一〇一年)・ 北宋最盛期の詩人・文章家・政治家。北宋の文章家蘇洵の長子で、弟が蘇轍。洵・轍と合わせて三蘇という。号は東坡。父は諸方に遊学がちで、蘇軾は十歳のころ母から学問を受けた。二十歳のとき父に従って弟とともに都へ出、翌年兄弟そろって進士に及第。王安石の新法に反対し何度も辺地に流されている。蘇軾は儒・仏・道のいずれにも通暁し、詩文はいうまでもなく、書画もよくした。その詩は平易流暢・変化自在で、特に七言に長じている。

語釈

*春宵・・・春夜に同じ。
*一刻・・・一刻の長さには諸説(十五分~三十分)があるが、いずれにせよ短い時間を指す。
*直・・・・値と同じ。
*千金・・・大変高価であること。
*清香・・・清らかな香り。
*陰・・・・月が朧に霞んでいること。
*歌管・・・歌は歌声、管は管楽器。
*楼台・・・高い建物。
*細細・・・かすかに音がするさま。
*鞦韆・・・ブランコ。秋千とも書く。漢以後は特に宮女の遊戯。
*院落・・・屋敷内の中庭。
*沈沈・・・夜が静かに更けてゆくさま。

通釈

春の夜は一時が千金もの値打がある。花は清らかな香りを放ち月は朧にかすみ、なんともいえぬ風情である。先ほどまで歌ったり楽器を奏したりして賑やかだった高殿も、今はかすかに音が聞こえるばかり。人気のない中庭に、ひっそりとブランコが垂れて、夜は静かに更けていく。

鑑賞

この詩の見どころは、まず起句の奇抜さにある。春の夜というものは、お金で換算すると千金になると云う。まさに言い得て妙である。以下承句・転句・結句と、その価値の実体を描いてみせる。美しい花、良い香り、朧にかすむ月。後半は、歌や笛の音が細々と聞こえて、先ほどまで春の夜を楽しんでいた雰囲気があり、最後には、娘たちが遊んでいたブランコが、月の光に照らされて、ポツンと下がっている情景が見える。

範吟

範吟 横山精真