慈恩塔に題す(天 127)

吟譜(PDF)

作者:荊叔

(生没年・出身地・官歴も一切わからない人物)で、詩もこの一首だけが「全唐詩」に取り上げられているのみ。詩の内容から唐末の人とみられる。

語釈

*慈恩塔・・・長安(現在の西安)の慈恩寺に今も残る七層の仏塔。大雁塔のこと。高さ約七〇米、三蔵法がインドから仏典を持ち帰り保存するために建てた塔。
*漢国・・・・長安のあたり。唐代の詩人は唐王朝をはばかる時は「漢」の名を使うことが多い。
*秦陵・・・・秦の始皇帝の陵墓。
*暮雲・・・・夕暮れの雲。
*千里色・・・はてしなく空をおおう雲の色。

通釈

大雁塔に上ってあたりを見渡せば、かって漢の国都があったところ、山や河は昔のままに残っている。秦の始皇帝陵墓は、草や木が生い茂っている。夕暮れどきの雲は千里のはてまでも覆い、どこもかしこも心を悲しませないところはない。

鑑賞

大雁塔に上ってあたりを見渡せば、漢王朝以来の都の栄華を示すさまざまな跡と、権力をほしいままにした始皇帝の陵墓が望まれる。人間の営みのはかない移り変りと、変わることのない自然の冷ややかな対比が胸をしめつける。杜甫の「国破れて山河在り 城春にして草木深し」とよく似た表現・感慨である。杜甫の詩が「安禄山の乱」による眼前の荒廃を詠うのに対し、荊叔の詩は、次第に傾きゆく国運を自然の色の中に見るという趣きが感ぜられ、唐朝末期の作であろう。夕暮れの雲の垂れこめる下、しだいに黒ずんでゆく都の眺望は誠に印象深い。