新正口号(天 144)

吟譜(PDF)

作者:武田信玄

(一五二一~一五七三年)(大永元年~天正元年)戦国時代の武将。実名は晴信,通称太郎。大膳大夫信濃守。出家し信玄と号す。

甲斐(山梨県)守護武田信虎の嫡男。五回にわたる川中島の戦を経て北信濃を掌握、元亀三年病を押して遠江へ出陣。家康・信長連合軍を 三河三方原に破り,翌年三河野田城を包囲するが病が悪化しやむなく甲府へ帰陣の途中信濃駒場で波乱に満ちた生涯を閉じた。遺体は諏訪湖湖底にともいわれている。死因は胃癌。城下町や交通路の整備、治水、新田開発などにも力を注いだ。儒学、禅学、兵法、詩歌などの勉学にいそしみ、天性の才能に磨きをかけて統合の要となった。

語釈

*新正・・・・・・・・新年の正月
*口号・・・・・・・・書きつけず、感懐をそのまま口に出して詠ずる歌・(淑気)天地の間に満ち満ちているめでたいけはい。新年をことほぐ気持からいう
*東風・・・・・・・・春風
*咲(わら)われ・・・笑われる
*吟断・・・・・・・・思い切って吟ずる。断は強調の意。

通釈

◎新年に当たって即興で詠じたもの。信玄の名作として知られる。
新春の和やかな気は行きわたらず、春の訪れはまだ遠い。霜に痛み、雪に苦しむことが続くのに、詩どころではないと思うが、それでは吹きそめた春風に笑われはしないかと思い直し江南の梅と題し、一枝の梅を詩に詠んだ詠じたもの。信玄の名作として知られる。

範吟

範吟 鈴木精成